大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和38年(あ)961号 判決

本籍

大分市大字大分一九八八番地の三

住居

大分県別府市大字別府二七八三

会社員

首藤克人

明治三八年四月二九日生

所在地

大分市大字大分五〇八番地

みつわ商事株式会社

右代表者代表取締役

首藤克人

右首藤克人に対する所得税法違反、法人税法違反、みつわ商事株式会社に対する法人税法違反被告事件について、昭和三八年二月二八日福岡高等裁判所の言渡した判決に対し各被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人首藤克人、同みつわ商事株式会社の弁護人斉藤孝知の上告趣意第一の第一点について。

論旨は、法人税法基本通達(昭和二五年九月直法一―一〇〇)六二は違憲(三〇条、八四条違反)であるから、この通達を根拠として所論入場税債務を損金と認めなかつた原判決もまた違憲であるという。

しかしながら、右基本通達六二は、法人税法九条一項、二項の損金の扱い方に関し、合理的解釈の基準を示したに止まり、法人税法の右条項を制限したものではなく、従つて、本件課税が法律の定めるところを逸脱し、右通達自体により、これを直接の根拠としてなされたものとは認められないから、所論違憲の主張は前提を欠き採用し得ない。

同第二点について。

論旨は、実質課税の原則を定めた所得税法三条の二は昭和二八年八月から施行された規定であるから、昭和二七年前渡辺熊彦名義の煙草小売人所得を被告人首藤のものとして同被告人に犯則事実を認め刑罰を科した原判決は、右法条を遡及適用したこととなり憲法三九条に違反し、また、もし実質課税の原則という理念を直接の根拠として被告人首藤に本件課税をしたものであるとすれば、これを是認した原判決は、憲法三〇条、八四条に違反するという。

しかしながら、昭和二八年法律一七三号によつて規定された実質課税の原則(所得税法三条の二)は、同法規制定前から税法上条理として是認されていたものであり、前記法条はこれを明文化したにすぎないものであつて、被告人首藤に対する本件課税は何ら所得税法第三条の二、同附則三項の解釈を誤つた点は認められずこの点に対する原判示は正当である。それ故、原判決には所論の違法はなく、違憲の主張は前提を欠き、採用の限りでない(昭和三六年(あ)第一六三八号同三九年六月三〇日最高裁判所第三小法廷判決参照)

同第三点について。

論旨は、刑訴三二一条一項二号後段は違憲憲法三七条二項前段違反であるから、第一審が増田勇一、志岐信吾の検察官に対する各供述調書を右刑訴の法条の書面として証拠調をしたことを是認した原判決は、右憲法の条項に違反するという。

しかしながら、右刑訴の法条が違憲でないことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二三年(れ)第八三三号同二四年五月一八日大法廷判決、刑集三巻六号七八九頁)の趣旨に徴し明らかであるから、原審の判断に所論の違法はない。それ故所論違憲の主張は理由がない。

同第二の第四点、第五点について。

論旨は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でなく、また原判決は所論引用の判例に相反する判断をしたものとは認められない。それ故、判例違反の主張は前提を欠き、採用し得ない。

同第三の第一点、第二点について。

所論は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、いずれも採用し得ない。また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾)

○昭和三八年(あ)第九六一号

所得税法違反、法人税法違反 被告人 首藤克人

法人税法違反 同 みつわ商事株式会社

右代表者取締役 首藤克人

弁護人斉藤孝知の上告趣意

右被告人等にかかる所得税法、法人税法各違反被告事件につき左のとおり上告趣意書を提出する。(本趣意書において引用した税法の各法条はいづれも当該事件年度において適用せられていたものを表示した。現行法条とは多少規定の体裁等異つた点もあろうが、根本的に改まつたものは、右引用法条中には存していない。但し所得税法第三条の二――実質課税原則――については昭和二七年分には規定がなかつた。)

第一、憲法違反、憲法の解釈の誤り

第一点 法人税法基本通達(昭和三五年九月直法一―一〇〇)六二を直接の根拠として本件入場税債務を損金と認めない点は、該通達が憲法第三〇条、同第八四条に違反しているか少くとも右憲法の解釈を誤つて適用したものである。

みつわ商事株式会社の未払入場税について第一審判決は「他に入場税、水道料等未払営業費が昭和二七年分と同程度存在したという点。果して主張の程度の未払金があつたことを認める証拠はなく容認し難い」(第一審判決六〇丁、4、(ロ))と判示している。即ち存在を確認出来る証拠があれば容認すべきであるとの判示に外ならぬのであつて、本件の所得計算が資産負債増減法による推計方法によつている場合においては、特に営業上の入場税債務が確認されるならば之を損金として容認すべきであるとの主旨は寔に正当であるわけである。検察側はこの入場税未払金債務につき充分捜査をなせば証明可能であつたのにこれをせず、各証拠はラムネ売上帳と表示して押収領置される等弁護人側の反証を困難ならしめていたことは残念であつたが、第一審判決が前掲の理由から容認しないと判示せられた以上これ等証拠の発見に努めた際、恰も刑事訴訟規則の改正が実施せられるに至つて第二審において漸く仮還付を得れ莫大な押収品のうち、第二審判決(一二丁の(三))挙示の入場税徴収簿(証二四七号乃至二六九号)受払伝票(証二三八号)、領収証綴(証二四〇号)、メモ(証二三九号)等により、昭和二八年分みつわ商事株式会社の入場税未払金が七二五、〇四〇円存在することがゆうに反証せられ第二審も亦この未払金の存在を肯認せられた次第である(もつとも第二審判決中七五〇、〇〇〇円とあるのは押収番号五二八の二、未払金元帳、昭和二九年二月分七四〇、〇〇〇円から採つた数字であろう。)

ところが検察側は第二審で前記反証が顕出せられるや、法人税法基本通達(昭和三五年九月直法一―一〇〇)六二における引当金に之を計上していないからとの理由で損金として認めるわけにはいかないと主張せられ(昭和三七年八月二日付、福岡高等検察庁検事土井義明の意見陳述書(2)の(イ)、(ロ)記載)第二審判決も亦明らかに右通達を直接の根拠として検察側と同一見解に出られた。(第二審判決一二丁―一三丁)

おもうに通達なるものは国家行政組織法第一四条第二項に根拠を有し、所管の職員及諸機関に対する訓令であり、文字通り通達にすぎない。いわば国民を拘束する法律ではないこと勿論であり、法律による委任立法の性質もないこと寔に明らかである。

そして(1)法人税法第九条第一項に所得計算の基本原則が明示されている、(2)同法同条第二項において損金に算入しない公租公課を特に制限的に列挙している趣旨――入場税はこの列挙にふくまれていない――、(3)同通達五二における総損金の定義、(4)本件所得計算における資産負債増減法による確認せられた(反証し得た)入場税債務の扱い方(前言)等の理由を綜合して判断すれば右通達六二は明らかに之等の理由を無視して「引当金に計上」という制限を設け法人税法第九条第一、二項を制限した通達にほかならない。

憲法第三〇条において「国民は法律の定めるところにより……」と規定し、同法第八四条において「……法律又は法律の定める条件による……」と規定されていることは、明らかに法律の定めるところによらねばならぬ旨を規定したもので、決して、政令の定めるところとか、大蔵省令の定めるところとか、いわんや国税庁長官通達の定めるところにしたがつてということでは絶対にない。即ち右通達六二はこの意味において憲法第三〇条、第八四条に違反している。又はかかる通達を直接の根拠に挙げて本件入場税務債を損金に認めないのは右憲法各法条の解釈を誤つて適用したものである。

なおここで主張している点は、第一審においては問題がなくその判決においては、証拠がないからとの理由で否定せられたので第二審で反証したところ、通達が問題になつたものでこの際昭和三七年一二月一三日付前掲検察側の意見に対して反論した当弁護人の意見陳述書第一の(二)も御参照賜わりたい。

第二点 本件昭和二七年分煙草小売人所得につき、所得税法第三条の二を適用してその結果を犯則として刑罰の対象としたことは、憲法第三九条に違反する。又同法条の存否に拘らず実質課税の原則を適用してその結果を犯則罰で処断したことは、憲法第三〇条、同第六四条にも違反する。

所得税法第三条の二(昭和二八年八月七日、法律第一七三号)は、いわゆる税法上従来存在していた実質課税の原則を宣明した規定、いわば確認的の規定である旨の第一、二審の判断はそれとして昭和二七年分煙草小売人所得を申告する場合に当時としては(昭和二八年三月確定申告時)渡辺熊彦名義をもつて申告することが煙草専売法の関係上適法であり、又このように申告するように指示をうけ、被告人首藤克人としてはこのように申告せねばならなかつた。(この点の証拠、主張は本件弁護人控訴趣意書四五乃至四七頁に詳記してある)換言すれば、首藤克人名義で申告することがむしろ違法であつたのである。

即ち昭和二七年分煙草小売人所得を昭和二八年三月に申告するときに――この法律昭和二八年八月七日に公布せられた――適法であつた行為について事後法によつて昭和二七年分迄申告せしめられ、その結果が逋脱犯として罰せられることになるわけで、正に憲法第三九条前段の刑罰法不遡及の原則を宣明した規定に違反するものといわざるをえない。

従来あらわれた判例の態度から見れば、「右原則は税法上の基本原則であつて、条理乃至所得税法第四条――信託の場合の規定――によつても明らかで、所得税法第三条の二を遡及適用したものではない」との見解であるようであるけれど(第一、二審も同旨判示であろう)、同法附則第三項は「特別の定めあるものを除く新法の規定は、昭和二八年以降の所得税について適用する」と特別に規定し(遡及効)且更に「昭和二七年分以前の所得税についてはなお従前の例による」と規定されているのである。本件昭和二七年分煙草小売人所得の申告は「従前の例」によるべきこと明らかで、従前の例というのは実質課税の原則の規定を適用しないで所得税法第二十六条第三項に基いて行う申告をこそいうのである。

しかるに昭和二七年分渡辺熊彦名義の煙草小売人所得を、被告人首藤克人のものなりとして、その所得計算をなし所得税法第三条の二、同法附則第三項を無視して従前の例によらないでその計算結果を刑罰をもつてのぞむに至つては、所得税法第六九条の刑罰を法によらずして遡及せしめたわけで、憲法第三九条の違反である。もしそれ所得税法第三条の二、同法附則第三項を適用の根拠とせず、実質課税の原則という理念を直接の根拠として本件を断ずるなれば、それは憲法第三〇条、同第八四条にも違反することででもある。

第三点 刑事訴訟法第三二一条第一項第二号後段の規定は憲法第三七条第二項前段に違反する。

第一、二審を通じ弁護人は右主張をなし、被告人に与えられた憲法第三七条第二項前段の権利、従つてこれより要請される伝聞証拠禁止の原則の正当なる解釈適用に誤りなからしめようと努めたわけであるが、第一、二審共最高裁昭和二四年五月十八日大法廷判決その他の伝統に従い、「被告人に対して反対尋問の機会を与えずに作成せられた供述調書は全て証拠となすことを許さない趣旨までも含むものではないから、右法則の例外を定めた刑事訴訟法第三二一条第一項第二号後段は憲法に反するものではない」(第二審判決三一丁、第一審判決三一丁、三二丁)と判示せられた。

憲法第三七条にいう「証人」という意味についてこれを形式的に解釈し、現実に証人として召喚されたもの(公判期日、公判準備、検察官の請求によるもの、証拠保全によるもの等)とみるならば、成程同条第一項第二号が該憲法に違反する余地はない。しかし伝聞証拠禁止の原則が実質的にこの憲法第三七条第二項を基本法規として宣明せられている点からすれば「証人」の意味を従来の伝統的解釈のように狭義に解することは相当でない。「証人」とは須らくこれを実質的に解釈して「その供述によつて証拠を供するもの」と解釈すべきである。かく解釈すれば少くとも同条第一項第一、二号につき形式的に憲法違反の問題となるわけである。しかし伝聞証拠禁止の基本原則に対し一の例外も許されないものではない。合理的である限りその例外もある。只この例外の合理的範囲についてはあく迄憲法の精神に遵つて解釈がこれを決定するものである。

即ち検察官の面前調書を書証とする必要性からみれば、法廷で真実を述べず、法廷外で真実を述べる場合があろうから、必要性は存するとみてもよい。しかし同条第一項第二号後段の場合には、それが被告人の不利益に使用されるとなると憲法第三七条第二項前段の精神を貫く特信性の保障の観点からこれを慎重に考究せねばならない。宣誓によつて担保せられた裁判官面前調書の場合は、宣誓をもつて特信性の保障とみられないでもないが、第二号の場合は、前段では供述者がそれに署名又は押印した丈で証拠とすることができるのであり、後段の場合は特にその上に但書で「特別の情況の存するときに限る」と規定されている。判決例では「公判廷外の供述の方が理路整然としている」という等の事情をもつて特別の状況としているようであるが、憲法第三七条第二項前段の精神は更に合理的な高度の情況保障(反対尋問に代る程度のもの)を要求しているものである。この点につき第二審判決(二〇丁)によれば(1)理路整然としている。(2)被告人の使用人である点、(3)任意性の三点を判断せられたが、そのうち(1)(3)については全く検討の跡すらうかがえない。これら供述調書中理路整然としていない点は弁護人控訴趣意書二〇丁(イ)(ロ)において架空仕入、売上脱漏、引継関係、申告、脱税と脱漏との関係、買戻し利益、添附の表等を指摘し、根本的に説明における観念の誤りや、こじつけを指摘したとおり、重要な事項につき理路整然どころか説明になつていない点を看過せられたというのほかはない。又任意性については当該供述を措信しないと専権をもつて退けられたのはとにかくとしてこれら任意性の立証が重要な争点であるに拘らず検察官によつて全然なされていない。

(弁護人控訴趣意書二四丁)

検察官面前調書に対し、警察職員の面前調書には本条による例外的証拠能力を与えていない。検察官と警察職員とが法の職員として何等特信性を判断するにつき差別の理由があるのであろうか。だからこそ特信性の保障を全からしめるために刑事訴訟法第二二七条の運用が期待せられているのでもある。すなわち同法第一項第二号特に後段の規定は、憲法第三七条第二項前段の精神からしてそれを被告人に不利益な実質的証拠とするにおいては憲法違反と信ずる。

第二、判例違反

第四点 昭和二四年六月一三日云渡、大阪高等裁判所第一〇刑事部判決(最高裁刑事裁判資料四六号六三頁)。

右判例によれば「脱税犯が成立するためには客観的には、納税義務者に詐偽その他不正の行為があり、その行為と脱税との間に相当因果関係が存在する外、主観的には脱税の認識――故意――を要する。」と判示し、その理由によれば、およそ納税という公法上の義務の存否と、所得税法第六九条第一項所定の刑罰たるいわゆる脱税犯の成否とは明らかに区別すべきである。納税義務のないところに脱税犯の成立らないのはいうまでもないが、納税義務を怠つたからといつて直ちに脱税犯が成立するとはもちろんいえないのであつて……と頭書のように判決の要旨を示している。

およそ犯則所得を生じ得る場合は、第一、二審を通じ弁護人がこれを明にしたとおり(1)収入金額を除外すること、(2)雑収入金額を除外すること、(3)架空仕入を計上すること、(4)架空経費を計上すること、以外には真実の所得を非合法的に減少せしめる方法が存在しないことは正に税法上の犯則を考察する場合の定理である。

(イ) ところで本件においては第一、二審を通じて収入金額を公表簿外預金の合計額として把握したことは検察官、第一審、弁護人間に争がなかつたが(倉原、松葉計算における分析の前提となつている)第二審に至るや検察官控訴趣意書において始めてこれあるが如き主張がなされ(検察官控訴趣意書に対する弁護人の意見書二丁の裏以下)そして第二審判決によると、除外利益なる観念を勝手に想定し起訴状にすらならない「収入金額を除外」という憲法、刑事訴訟法の原則を忘れた説示を既てするに至つた。(第二審判決二丁)然らばその除外金額が一体いくらであつたか。これが証明の必要なことは当然の理であるに拘らず、これは全然明らかにされていない。

なる程証拠の一部に右単笥預金式なものがあるかのような供述はあるが、その金額従つて犯則額の証明は何処にも見当らない。

本件各申告の際収入金額を全額計上しないから不正手段であるかの如く判示せられるが税法上は、例えば真実の所得二〇万円の場合において

収入 一〇〇万円 経費 八〇万円

差引 二〇万円の所得

の計算による申告の場合に調査の結果

収入 一二〇万円 経費 一〇〇万円

差引 二〇万円の所得

であつた場合に、所得が二〇万円で申告されている限り税法上何等犯則所得、逋脱の問題は生じ得ない。

第一、二審を通じ果して観念を誤つたように、誤解を招き易いのは所得税法第二六条に収入金額を記載することは確定申告に要求せられておらず、その所得金額を偽わることが同法第六九条の問題となる点である。

又確定申告書に添附の書類に虚偽記載があり且之を呈示した場合には、当該罰条によつて処断されることはあるが、これは本件とは別問題となる。

第二審判決において「虚偽脱漏の貸借対照表、損益計算書を作成して収益を穏蔽した」と説示した点(この点被告人の義務ではない)は前述のとおりであり、且この方法が直に収益穏蔽の手段とはなり得ない。これが手段となりうるためには所得金額が過少に計算申告されたという因果関係が必要なのである。

(ロ) 雑収入金額の除外

(ハ) 架空仕入を計上すること。

(ロ)(ハ)については煙草小売人利益に関連し「専売公社からは卸値、一般煙草店からはリベートを得、景品買戻しによる場合は低い買戻し価格で夫々仕入れているに拘らず……」と判示しており(第一審判決五丁)松葉計算では煙草仕入を架空仕入として扱い、リベート買戻し差益は雑収入としては区分されていない。これらいわゆる架空仕入等は、前項収入金額除外の項で述べたとおり直ちに不正手段とはなりえないこと亦明らかな理である。すなわち煙草の卸値と小売の価格の差額を犯則所得と認定するためには、架空に本件芦刈、渡辺両煙草小売人名実ともに架装した場合でなければならない。

(ニ) 架空経費については、弁護人控訴趣意書第五二、三頁において主張したとおりである。

(ホ) (イ)(ロ)(ハ)(ニ)で述べた点は損益計算上から見たものであるが、貸借対照表上の見方からすれば第一、二審を通じ、他人名義又は架空名義の簿外普通預金、他人名義の土地建物取得、他人名義の株金の払込等を不正手段としてとり上げているが、従来述べたとおりそのこと自体即本件脱税の不正手段であるかのように誤解している点は誠に遺憾である。

すなわち前掲判例が正しく解釈している行為と脱税との間の相当因果関係を充分に検討しないでむしろこれを無視したような判断には全く重大なる同判例遠反が存する。

例へば前示判例はその理由において、二重帳簿の作成という行為と、脱税犯との関係を明快に当該事案に適用せらたていることを、本件の各不正手段と目されている判示手段と脱税との関係に及ぼして充分の審理を願いたいところである。

又本件において犯意がないか或は犯意を認定するのが如何に著しく醋であるとせねばならぬかについて

(1) 赤銅御殿を協栄産業株式会社に譲渡した際五〇〇万円の債権を認定した件。

(2) 昭和二七年分渡辺熊彦名義煙草小売人所得一、二九六、七一七円を被告人首藤克人の所得と認定した件。(上告趣意書第二点において憲法遠反として主張したが判例遠反でもある)

(3) 大分第二ニコニコパチンコ店買収に際し、パチンコ機械備品等の代金一、五〇〇、〇〇〇円を権利金と認定した件。

(4) 昭和二八年山下周一に支払つた土地代金手付金五〇〇、〇〇〇円は損金でないとされた件。

等である(第二審鑑定証人戸田俊一供述調書――昭和三六年一〇月三〇日第二回公判――第二六乃至二九項)。

これらのことは前示判例が故意の明確なる存在を必要とする判示に著しくそむいたものといわなければならない。

第五点 昭和三一年(ネ)等五四五号、同三二年一〇月九日、福岡高等裁判所判決(行政裁判例集八巻一〇号一、八一七頁)。

右判例によれば「営業者の総売上高に所得標準率を適用してその所得額を推計することは、その推計方式が合理的である限り適法でありかような所得額認定が憲法第一四条、第三〇条に遠反するものでないことは勿論であつて、その推計の結果を争うためには反証を提出しなければならない。」と判示されている。

本件においては資産負債増減法という推計をなし右判例のように、所得標準を適用して推計した場合に妥当しないように一応見られるが、ここにおいては推計方式の種別には問題はなく結局

(1) 推計方式が合理的である限り適法という点、すなわち本件推計方式――資産負債増減法――が合理的であること、言を換えていえば各年度の期首と期末の各科目の金額が正確であれば勿論多少相異しても高度の合理性によつて捕捉されていれば適法であること。

(2) 推計の結果を争うためには反証を要する。

右二点から判例遠反としてこれを取上げたのである。この判例は税法に推計を認めた法意を関連し多くの下級審判決が存し確定的な判旨といえよう。例えば東京地裁昭和三〇年(行)第二五号同三四年四月七日判決、札幌地裁昭和三一年(行)第七号――同三四年二月二七日判決、仙台地裁昭和三一年(行)第二二号――昭和三三年一〇月二一日判決、等々各種推計方式に関連して数多くの判決例が存在する。

又刑事裁判上、発生原因不明な資産増加を所得と認定しない旨の静岡地裁昭和二六年六月四日所得税法遠反事件の判決、資産増加額は一応当該年度の取得を証するに止り併せてその年度における益金が立証されぬ限り未だ所得が完全に立証されたとは認めない旨の大阪地裁昭和二四年八月二七日法人税法遠反事件判決が犯則所得の認定に慎重である。又福岡高裁には法人税法遠反事件につき損益計算――費用収益対応の原則の適用を明らかにした昭和二五年一一月七日判決が存することも看過し得ない。

資産負債増減法(所得税法第四五条第三項、法人税法第三一条の四第二項)による推計結果と脱税における犯則所得金額との関係につき第一審は「本件の所得は、銀行調査並に各関係人の申立により資産負債の増減及び損益計算の両面から計算したものであつて、公訴事実は結局財産増減法により算出された金額ではあるが、損益計算法による結果によつても概ねその裏付けがなされているとみることが出来る。……」(第一審判決二八乃至三〇丁)そして右推計結果に基く金額を即犯則所得額計算においても許されることは、当然であるかのごとく説示せられたが、弁護人は第二審でこれを法令解釈適用の誤りとして争つた。(弁護人控訴趣意書三、四頁ところが第二審は適確な理由、根拠を示さずして「同各法に遠反しない」と判示した。(第二審判決一五丁)

仮に第一、二審乃至東京地裁昭和三三年三月二八日法人税法遠反事件判決のとおり財産増減法によることがやむを得ないにしても、それはあくまで第二審判決でいうように資料であり、この資料をもつて犯則所得額と認定するためにはその推計に合理性がなければならぬことは前掲判例を始め殆ど確定された法理である。本件はこの重要な事項を看過し一資料にあらわれた金額をもつて即犯則額と認めたのである。第一審判決で損益計算により概ね裏付けされていると説示(第二審判決はもつと乱棒である)し乍ら金額において単に土地建物についてのみでも千数百万円の計算誤りを認め、全体として考察すれば全く不正確、いいかえれば合理的でない倉原計算、松葉計算を未だ固執しているわけである。

今主な非合理的の点を摘記すれば

(イ) 土地建物

昭和二七年起訴額 二〇、九八五、一四八円

判決額 一六、三七〇、七三三円

差引 四、四一四、四一五円

昭和二八年起訴額 三六、六八一、五六五円

判決額 二七、七七九、八六九円

差引 八、九〇一、六九六円

合計差引額 一三、三一六、一一一円

(ロ) 機械

みつわ商事株式会社

起訴額 六、〇一九、八五〇円

判決額 四、二七七、五一〇円

差引 一、七四二、二八〇円

以上(イ)(ロ)は第一審において倉原計算従つて松葉計算上損金の脱漏の誤謬を弁護人の反証によつて認定せられたものであり差引合計額一五、〇五八、三九一円である。

(ハ) 入場税

昭和二八年分首藤克人期末未払金

大分営業所 三一六、五一二円

別府営業所 七五五、四〇九円

小計 一、〇七一、九二一円

みつわ商事株式会社分

七二五、〇四〇円

合計 一、七九六、九六一円

右は第二審において漸く仮還付を得た押収品並に取寄にかかる残存入場税徴収簿等により反証せられ明らかになつた未払金の合計額である。これが倉原計算上の負債の脱漏であり、松葉計算上の損金の脱漏である。

(ニ) 不明入出金に重大な影響を及ぼす事項

(a) 昭和二八年分首藤克人個人入場税総額一、一〇八、一〇二円中、前掲未払金三一六、五一二円以外の支払済額七七九、五九〇円は明らかに入場税額として大分県に納付されているに拘らず

昭和二八年一二月五日 四一四、六三〇円

昭和二八年一二月三一日 二五〇、〇〇〇円

は不明出金として処理されていることは全く誤りである。

且昭和二八年九月七日一一四、九六〇円は大分県に納付されていることが明らかであるに拘らず之を機械代送金として処理した誤りがある。

これら未払金の存在については第二審において反証したものでその詳細は第二審、昭和三七年三月七日付証拠調請求書中立証趣旨並に説明の第一未払金の存在について記載を、又誤つた不明出金処理及び機械代送金として処理したり誤りについては第二審昭和三七年一二月一三日付弁護人意見陳述書別表の該当日付、金額欄を御参照賜りたい。

(b) 第一審判決において

別府第三会館

起訴額 七、三〇〇、〇〇〇円

判決額 四、七〇〇、〇〇〇円

差引 二、六〇〇、〇〇〇円

別府第二会館

起訴額 三、五〇〇、〇〇〇円

判決額 二、八〇〇、〇〇〇円

差引 七〇〇、〇〇〇円

差引合計 三、三〇〇、〇〇〇円

(第一審判決四六丁)

(a)支払済金額七七九、五九〇円と(b)の三、三〇〇、〇〇〇円との合計四、〇七九、五九〇円は第一審において弁護人の反証による主張を肯定したのに拘らず、不明入出金に対する考え方としては之が訂正をなさず、第二審においても同様、不当な推計額を固執しているわけである。

以上(ハ)(ニ)合計額五、八七六、五五一円は第二審において改めて反証によつて証明された倉原計算の誤謬(従つて松葉計算上損金の脱漏)及び第一審において弁護人の主張を肯認しながらその処理を誤つた金額である。第一審が認めた土地建物機械は除外して計算しても)

今若し第一審の誤謬(イ、ロ)訂正額一五、〇五八、三九一円と第二審において反証によつて明らかにせられた誤謬(ハ、ニ)額計五、八七六、五五一円を合計すると、何と二〇、九三四、九四二円もの誤謬が倉原計算(本件推計)に存することになり、損益計算で裏付とする金額にも同額の損金の脱漏が存在することになるわけである。しかもなお裏付けが概ねなされている、あるいは本件推計に合理性がある旨の原審判決は正に誤れるも甚しい。

苟も刑罰をもつてのぞむ逋脱犯の計算にかかる合理的でない不正確な推計結果をもつて足るとすれば、人権問題これより著しきはない。弁護人主張の損益計算が税法上課税技術の面から出来ぬから推計方式によつたことは止むをえないとするも、本件にも松葉計算において損益計算がなされていること明らかであり、推計にも裏付けにもその計算に二、〇九〇万円以上の莫大な誤謬が反証せられたのであるから、少くとも本件推計はその限度において崩れ去るべきものである。よつて前示判例において推計方式の合理性、反証による推計の訂正の判示に違反すること明白と存ずる次第である。

第三、以上第一点乃至第五点において上告申立の理由を主張したが、仮にこれら事由がないとしても左の諸点の理由から原判決を破棄しなければ著しく正義に反するから須らく職権の発動を賜りたい。ちなみに当弁護人は第二審判決云渡後直ちに刑事訴訟法四〇六条に基き、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと確信して、第二審判決確定前に御庁に対し事件受理申立をなし同申立事件は御庁昭和三八年(ゆ)第一号として繋属はしたものの申立を受理する決定も、棄却する決定もなされないで、刑事訴訟規則第二六一条第一項の期間満了迄に受理の決定がなされなかつた旨の通知をうけた次第である。よつて本件上告は被告人にとつて最終の防禦に許された唯一の手続である。

第一点 判決に影響を及ぼすべき法令の違反。

(一) 刑事訴訟法第二九九条と同法第三二一条との関係

第一、二審が示した判断(第一審判決三一丁裏、第二審判決一九丁以下)によれば、結局そのような手続を採ることによつて被告人の防禦を回避する目的を達する結果を招来することを如何ともし難い。その理由は弁護人控訴趣意書(一一乃至一七丁)において充分明らかにしたところであるから茲に引用する。

(二) 税法違反

(1) 資産負債増減法による推計の結果を即逋脱額とする誤り。(所得税法第六九条第一項、法人税法第四八条第一項)本件上告理由第五点においてこの点を判例違反として主張したが、仮に判例違反でないとしても、これは税法違反として審理せられたいので茲に前記第五点の所論を援用する。

第二審で示す「所得税法、法人税法に違反しない」との判断は、同各法の第何条に違反するものでないというのかは必ずしも明白ではないが、結局判断の大綱からみて逋脱額算定、すなわち所得税法第六九条第一項、法人税法第四八条第一項に違反するものでないとの趣旨に受けとれる。

しかもかく解釈するにつきその理由を示さず、あたかも第一審が当然であるかのように説示する点と符合している。

本件資産負債増減法という推計を許す所得税法第四五条第三項、法人税法第三一条の四第二項が課税技術上の方法を許容するに過ぎないことは、第一審判決もこれを認めているが、問題は納税という公法上の義務の存否につき定められた推計の方法による金額をとつてもつて当然のように刑罰をもつてのぞむ逋脱金額とする点に所在する。

苟くも刑罰をもつてのぞむ犯則所得額を算定するにあたつては例外的に認められた課税技術としての推計方法による結果を安易に、犯罪構成要件充足の見地から検討を加えずして即犯則所得額とすることがいかに人権をおびやかすかは言を俟たないところである。

すなわち犯則所得額の計算は特に本件において公表簿外を通じて把握された預金分析に根拠をおくことに争がなく、且松葉計算なる損益計算がなされている場合には、この損益計算が果して本件資産負債増減法を裏付け、損益計算それ自体が合理的であることが絶対に必要であると信ずる。

本件においてそのしからざる点は証拠並に数字を挙げ上告理由第四、五点を通じて詳細に述べているから御参照願いたい。

特に本件預金分析を根基として作成された損益計算なるものは、預金分析の面では合理的に証明されない損失例えば莫大なる機械代金総計二〇、四八七、五九〇円(第一審塚田弁護人弁論旨記録六九五八丁裏上段(4)のイ、ロ、ハによつて台数の根拠、証拠を明らかにし、同記録六九五九丁表上段七行目に昭和二七年分差引三、五七一、九五〇円と、同記録六九六一丁裏下段(ハ)一八、九三三、七〇〇円より一一、〇五五、四〇〇円の昭和二八年分差引七、八七八、三〇〇円と、同記録六九六三丁表上段六行目一二、三〇五、六四〇円より同一一行目三、二六八、三〇〇円のみつわ商事株式会社分差引九、〇三七、三四〇円、以上三件の合計金額が松葉計算上損金として計上されなければならない。松葉計算は預金面にあらわれた機械台送金のみを分析計算しているのに対し、弁護人側は証拠による根拠に基いて計算せられた数字である。何れに合理性が存するかは殆ど自明の理である。

よつてかかる明白且莫大な額に上る不合理が第一、二審を通じ証明されているに拘らず、なお資産負債増減法による推計結果を即犯則所得額として怪まない原審判決は全く不当である。

(2) 所得税法第六九条第一項、法人税法第四八条第一項にいう不正手段と犯則所得との関係。

(A) 税法上犯則所得を生じうる場合

(B) 所得税法第二六条同第三項、同法施行規則第二三、四条、法人税法第一八条第一項(各確定申告要件)

ABについては、本件上告理由第四点に判例違反の主張をなし詳論したので再論を省略するが、仮に判例違反でないとしても税法上並に会計学上の通念として又挙示各法条の解釈適用を誤つている点をここに御審理願いたい。

(C) 第一、二審判示によると(第一審判決二四丁、第二審判決三丁)判決所論の如き経理をなさなければならない義務があるかのように申告納税制度を判断しているが、現行税法に定められた方法(本件事件年度に施行の税法)により申告する限りそこには判決できめつけるような申告納税制度の没却も崩壊もありえない。

ちなみに昭和三七年四月二日法律第六六号により制定せられた国税通則法の立法経過を調査すれば、右のことは自ら明らかになる。

すなわち同法により国民に記帳義務を負担せしめようとする立法が成立するに至らなかつたもので第一、二審判決のような経理義務を軽々しく論断するは最も不当である。

(3) 所得税法第五条の二第二項、同施行規則第二条(低価譲渡)に関する法令解釈適用の誤り。

(A) 号一、二審は、大分第二ニコニコパチンコ店の買収価格を二八〇万円とし、時価を明らかにすることなく時価より遙かに安価な代金と独断したのでその不当を争つた。

昭和二七年末当時(イ)大分第三ニコニコパチンコ店買収価格(国家初芽より買収)は宅地九四坪四勺、建物八十一坪四合が一、三〇〇、〇〇〇円。(押検第一二号)(ロ)別府第一会館買収価格(北新藤市より買収)は、宅地四五坪、建物延五八坪が一、九〇〇、〇〇〇円。(押検第一号)であることは争がなく確定している事実である。そこで右価格と本項物件宅地一二五坪七合、建物九一坪を対比してみて時価より遙かに低廉であるという結論が何処から出て来るであろうか。なお不動産取得の数量及び価格の明細については第一審において検察官が弁護人の釈明要求にこたえられた際に提出の「不動産取得明細表その一、その二」に明らかであるから御参照願いたい。

すなわち該法条に照して、二八〇万円を「著しく低い価格」と認定した上、更に押検第一〇号が明らかにパチンコ機械備品の売買契約であるに拘らず之を否認して権利金と認定する税法上並に訴訟法上の根拠は全くないというべきである。よつて本項物件の価格が時価を確定しないで又確定すべき証拠がない以上該法条の適用を明らかに誤つている。

(B) 協栄産業株式会社勧定五〇〇万円について

第一審判決五四、五丁、弁護人控訴趣意書六頁で明らかなとおり、赤銅御殿を被告人首藤克人が買収した金額は一、七〇〇万円であり協栄産業株式会社え売却した代金が一、二〇〇万円であることに争がなかつた。

第二審判決では、右代金一、二〇〇万円を何等根拠なく内金としているほか、この点に関し判断を示していない。内金であるから差額五〇〇万円の残債権が存在すると素朴に見ており「該法条の適用をしたからではない」と説示している。(第二審判決一五、六丁)

しかし適用せねばならぬ該法条の適用をしないことは最も違法であり、該法条の適用をすれば一、七〇〇万円の二分の一、すなわち八五〇万円以下の価格で譲渡したときのみ一、七〇〇万円の譲渡価格で取引されたとみなされるべきであることは控訴趣意書で指摘もし、立証したのである。(控訴趣意書七頁、第二審鑑定証人戸田俊一昭和三六年一〇月三一日第二回公判供述調書第二六項、四四乃至四九項)この場合一、二〇〇万円で譲渡があつたことに争がないからこの五〇〇万円をその理由から債権と看做す税法上の根拠はどう考えても見当らない。換言すればこの五〇〇万円は税法上、会計学の通念上損失とみなさざるをえない。そしてこの損は所得税法第九条八号の譲渡所得の計算上の損であるから、所得税法第九条八号、第九条の三、第一項条二乃至第四号の規定により損失控除の順位範囲が定められ、従つて本件でいえば法第九条第四号の事業所得より通算すべき損失であることが明らかである(損益通算に関する規定)なお押検第一九六号の信憑性については、押検第二九、三三、三一号と照し――なお本項で前述の供述部分――、御審理願えば自ら明らかとなる。

(4) 所得税法第九条、同法第七号(山林所得)に関する法令解釈適用の誤り。

山林取得価格については、第一審において争になつていなかつたが、第二審に至り漸く仮還付をえた押収番号第二七号山林元帳を発見するに及びこれを争うことになつたものである。(昭和三七年三月七日付証拠調請求書中立証趣旨説明第四、第二審判決一一丁)

法第九条によれば所得の種類は、総所得金額、退職所得及び山林所得の三本立となつていることは明らかであるから山林所得は山林所得として所に所得計算をなすべきこと当然である。このことは同条第七号によるも明らかである。

しかるに本件倉原計算においては木材部勧定が総所得勧定と混同されて財産計算がなされているのは、該法条の適用を誤つているのみならず本件財産増減法による推計方式に合理性のない顕著な例の一つである。(昭和三〇年二月一七日倉原守彦の検察官に対する第三回供述調書添附の所得税関係一覧表中、木材部勘定御参照)

該法条を正当に適用して山林所得の計算をなすには、収入金額より昭和二八年中に発生した取得費、管理費、伐採費その他必要経費を控除し、その残額から一五万円を控除した金額を山林所得金額とすべきである。ちなみに木材部勘定については、第一審は弁護人の主張を容認している。(第一審判決五五丁並に別表第二)

(5) 所得税法第一〇条第二項、法人税法第九条第二項(入場税未払金の扱い方に関する法令適用の誤り)

(A) 第一審では右未払金の存在を認める証拠がないという理由で弁護人の主張を退けた(第一審判決六〇丁四のロ)ので、第二審において仮還付をえた押収品の中、及び取寄にかかる残存入場税徴収簿により、これを反証した結果、さすが第二審もこれを容認せられた。(第二審判決一一丁)

ところが第二審は、右未払金の存在を認めた上、個人入場税債務を恣意に法人の債務として引継ぐ方法論を展開したがこれが法第十条第二項に反することは多言を要しない。同条は必要経費があつた場合には必ず控除せねばならぬ国の義務を規定し、従つて強行性を有しているに拘らず。

次に第二審判決は右陳の方法論に無理を感ぜられたか、弁護人の所論に今度は一歩を譲つて「首藤個人未払金を厳密に区分するとしても」と前提し、それを第一審判決における土地建物の期末現在高の誤記差額の穴うめに利用したわけで、余りにも非法律的でこぢつけの論としか考えようがない。このような勝手な非法律的な方法論を前提として結局脱税数額において大体変化がなければその理由は何でもよい。又「さすれば判決に影響を及ぼさぬ」との認定を首肯せねのはむしろ当然である。

(B) みつわ商事株式会社の未払入場税については、上告理由第一点に憲法違反として主張したが、仮にそうでないにしても明らかに法人税法第九条第二項の客観的合理的解釈が税務官庁内部における単なる取扱指針にすぎぬ通達を直接の根拠として解釈適用した明らかな税法違反が存するのでここに御審理を願いたい。

(最近昭和三七年二月一六日云渡された大阪地裁昭和三二年(行)第八〇号の判示事項第三御参照)

第二点 判決に影響を及すべき重大なる事実誤認。

不明入出金及機械代の扱い方についての重大なる事実の誤認については、本件上告理由第五点において判例違反として主張したところであるが、仮にしからずとしても重大なる事実誤認として御審理願いたい。再説を略すが第二審昭和三七年十二月十三日付弁護人意見陳述書並に同書添附別表により詳細証拠に基いて説明している点を御参照。

以上右第三の第一点の一、二――1乃至5――、第二点において述べた各違反は、判決に影響を及ぼすものであり、刑事訴訟法第四一一条にいう著しく正義に反する場合であるから原判決の破棄を求めるわけで、御庁の職権を発動せられ憲法に保障せられた民主的なる税法、刑事訴訟法の解釈適用を切に要望する次第である。いまここにそのしかる所以を綜合的に論じて之を明らかにする。これに資するため別表第一乃至第六を本趣意書に添附する。

(1) 資産負債増減法の面から見れば、

昭和二七年期首 (首藤克人個人分)

昭和二七年期末 (右同)

昭和二八年期末 (右同)

昭和二八年期末 (みつわ商事株式会社分)

に大別して考察を加えると、更に大別して法令の解釈適用の誤り(憲法をふくむ)と重大なる事実誤認に関するものとに区分して考察できる。

前者については(法令違反)

首藤克人個人分

昭和二七年期末土地建物(別表第一註4)

(第一審で認容せられた)

同 権利金(別表第一註6)

(上告趣意書第三、第一点、(二) (3))

昭和二八年期末土地建物(別表第二註3)

(第一審で認容せられた)

同 協栄産業勘定(別表第二註5)

(上告趣意書第三、第一点、(二)、(3))

同 木材部勘定(別表第二註6)

(上告趣意書第三、第一点、(二)、(4))

同 未払金(別表第二註7)

(上告趣意書第三、第一点、(二)、(5)(A))

みつわ商事株式会社分

昭和二八年期末機械器具(別表第三註1)

(第一審で認容せられた)

同 権利金(別表第三註3)

(上告趣意書第三、第一点、(二)、(3))

同 未払金(別表第三註4)

(上告趣意書第一、第一点、及び第三、第一点、(二)、(5)、(B))

後者(事実誤認)については、別表第一、第二、第三の前掲各項目以外の註記のある部分全部である。

(2) 損益計算書面から見れば、別表第四、五、六の各損益計算書註記欄の記載のとおりである。

右に指摘したとおりの法令適用の誤り(憲法をふくむ)や、重大な事実誤認(特に不明入出金、機械代の扱い方の誤認)のため、よつて来る計数は、別表第一、第二の各犯則所得欄及び別表第三、当期利益金欄のとおりで、総所得金額と申告所得金額との差額は

起訴額 合計 五二、五二一、一三四円

第一、二審判決額 合計 四一、二六八、八九一円

弁護人主張申告所得過大金額 合計 三、六六〇、三一六円

である。

右のほかに(イ)第二審において新に反証しえた昭和二八年個人分並にみつわ商事株式会社の各入場税未払金合計一、七九六、九六一円(上告趣意書第二、第五点及び第三、第一点、(二)(5)(A)(B))(ロ)実質課税原則の問題を論じた際(上告趣意書第一、第二点)の渡辺熊彦名義昭和二七年分煙草小売人所得計一、二九六、七一七円を首藤克人の所得でないものとすれば、被告人等の申告所得過大金額は総合計して六、七五三、九九四円となる。

ここで御留意賜りたいのは、上告趣意書第二、第五点及び第三、第一点、二、(5)(A)、(B)で述べた不正確金額の指摘は土地建物、機械、入場税、不明入出金のみであり、本項で別表第一、第二、第三により明らかにした金額は右四点に限らず広く法令違反、事実誤認の全部をとつたものであるから決して矛盾しているものではないことである。

かくして明らかにされた本項の計数でいえば、本件は無罪であるとの決論に達し、仮に右御留意願つた不正確金額丈をとつても二〇、九三四、九四二円であるから、検察官が主張する起訴犯則所得額五二、五二一、一三四円に対比してみれば、これが判決に影響を及ぼさない問題とは到底いえぬことが計数上も明らかであり、且計数もさることながら、夥しい法令違反や事実誤認を看過することが如何に著しく正義に反するかも亦当然の事である。

第四、結論

およそ「税法の解釈は、税法が課税を唯一の目的とするだけでなく、憲法の保障する財産権を課税の領域で保障することを目的とするものであるから、いわゆる租税法律主義の当然の帰結として認識の対象たる法規の文言を離れ、無視し、又は文言を置換し、附加することは許されない。課税の目的のために恣意的にその負担の限度を大拡して解酸し、又は納税義務者の利益のために縮少して解釈することは許されない。……」との大阪地裁昭和三二年(行)第八〇号、昭和三七年二月一六日判決判示事項一に示された良識ある判断は、氏主的税法の解釈基準を高く示し、これに本件上告第四点の大阪高裁判例の逋脱犯法理の明快なる点を挙げて本件上告の結論に代えることとする。

以上

別表(一)

昭和27年個人分資産負債増減表

註 裁は第一審判決額

弁は第一審弁護人主張額

検は起訴額

〈省略〉

別表(二)

昭和28年個人分資産負債増加表

〈省略〉

別表(三)

法人分貸借対照表

〈省略〉

別表(四)

昭和27年個人分損益計算書

〈省略〉

別表(五)

昭和28年個人分損益計算書

〈省略〉

別表(六)

法人分損益計算書

〈省略〉

事件受理申立理由書

被告人 首藤克人

同 みつわ商事株式会社

右被告人等にかかる所得税法、法人税法違反被告事件受理申立事件につき刑事訴訟規則第二百五十八条の三に基き左の通り理由書を提出致します。

左記

按ずるに納税という公法上の義務の存否と所得税、法人税各法所定の刑罰たる逋脱犯の成否とは明らかに之が観念を区別すべきであることは当然であるのに拘らず、本件第一審、第二審とも之が観念の分折をおろそかにし、以下指摘するように税法を誤つて解釈適用して居り、又刑事訴訟手続法についても手続の厳格性を無視して安易に解釈適用して居るなど法令の解釈に関する重要な事項を含むから本件従前の訴訟記録全部の御精査を得て正当なる御判断を願いたい。

第一、所得税法第四十五条第三項、法人税法第三十一条の四第二項と逋脱犯成否との関係

資産負債増減法による推計結果と逋脱犯に於ける犯則所得金額との関係につき第一審は「本件の所得は、銀行調査並に各関係人の申立により資産負債の増減及び損益計算の両面から計算したものであつて、公訴事実は結局財産増減法により算出された金額ではあるが損益計算法による結果によつても概ねその裏付けがなされているとみることが出来る。……」(第一審判決二十八乃至三十丁)

而して、右推計結果に基く金額を則犯則所得額計算においても許されることは当然であるかのごとく説示されたが、弁護人は第二審において之を法令解釈適用の誤りとして争つた。(控訴趣意書三、四頁)

之に対し第二審判決は「逋脱の税額を算定するにあたつて、財産増減法によつて算出した金額を資料としようと損益計算法によつて算出した金額を資料としようと何等所得税法、法人税法に反するものではない……」(第二審判決一五丁)と説示せられた。

1 該法条が課税技術上の方法に過ぎないことは第一審判決も之を認めている点につき申立人は何等不服を述べて居るものではない。問題は納税という公法上の義務の存否につき定められた推計の方法による金額をとつてもつて当然のごとくに刑罰を以てのぞむ逋脱額とする点に所在する。

いやしくも刑罰を以てのぞむ犯則所得額を算定するにあたつて例外的に認められた課税技術としての推計方法を安易に類推適用することがいかに人権をおびやかすかは言を俟たない。即ち犯則所得額計算には、かかる推計は許さるべきでなく厳格なる構成要件充足の見地からも税法上の大原則たる総収入金額より必要経費を差引く方法、即ち損益計算による必要があると信ずる。

仮に第一、第二審乃至東京地裁昭和三三年三月二八日法人税法違反事件判決の通り財産増減法によることがやむを得ないにしてもそれはあくまで第二審判決で謂うように資料であり、犯則所得額と認定するためには特に損益計算の厳格合理的なる裏付けが必要である。更に譲るとしても高度の蓋然性がある裏付けが絶対に必要である。

本件は、之の重要なる事項を看過し一資料にあらわれた金額を以て即犯則額と認め、且つ前言の裏付けがなされていると説示しながら金額において単に土地建物についてのみでも壱千数百万円の計算誤りを認め全体として考察すれば全く不正確な倉原計算並びに松葉計算を未だに固執して、法令解釈適用の誤りを犯していると云わざるを得ない。

2 損益計算による不正確の点は左のとおりである。

(イ) 土地建物

昭和二十七年起訴額 二〇、九八五、一四八円

判決額 一六、五七〇、七三三円

差引 四、四一四、四一五円

昭和二十八年起訴額 三六、六八一、五六五円

判決額 二七、七七九、八六九円

差引 八、九〇一、六九六円

差引額の合計 一三、三一六、一一一円

(ロ) 機械

みつわ商事

起訴額 六、〇一九、八五〇円

判決額 四、二七七、五一〇円

差引 一、七四二、二八〇円

以上イ、ロは第一審において倉原計算従つて松葉計算上損金の脱漏の誤謬を認定せられたものであり、差引合計一五、〇五八、三九一円である。

(ハ) 入場税

昭和二十八年分首藤克人期末未払金

大分営業所 三一六、五一二円

別府営業所 七五五、四〇九円

小計 一、〇七一、九二一円

みつわ商事(株) 七二五、〇四〇円

合計 一、七九六、九六一円

右は第二審において漸く仮還付を得た押収品並に取寄せにかかる残存入場税徴収簿により明らかにされた未払金の総合計であり、之が倉原計算上の負債の脱漏(松葉計算上の損金脱漏)である。

(ニ) 不明入出金に重大な影響及ぼす事項

(a) 昭和二十八年分入場税総額一、一〇八、一〇二円中、前掲未払金三一六、五一二円以外の支払済金額七七九、五九〇円は、明らかに入場税額として大分県に納付されているに拘らず

昭和二十八年十二月五日 四一四、六三〇円

昭和二十八年十二月三十一日 二五〇、〇〇〇円

は不明出金として処理していることは明らかに誤りである又昭和二十八年九月七日一一四、九六〇円は大分県に納付されていることが明らかであるに拘らず之を機械代送金として処理した。

(b) 第一審判決において

別府第三会館、起訴、七、三〇〇、〇〇〇と判決、四、七〇〇、〇〇〇の差額二、六〇〇、〇〇〇円

別府第二会館、起訴、三、五〇〇、〇〇〇円、判決、二、八〇〇、〇〇〇円、差額七〇〇、〇〇〇円(第一審判決四六丁)

(a)(b)の合計 四、〇七九、五九〇円

右は第一審判決において弁護人の主張を肯定したに拘らず不明入出金に対する考え方としては、之が訂正をなさず検察官の主張をそのまま認定した誤りがある。

以上(ハ)(ニ)合計額五、八七六、五五一円は第二審において改めて明らかになつた倉原計算の誤謬(従つて松葉計算上損金の脱漏)及び第一審において弁護人の主張を肯認しながらその処理を誤つた金額である。(第一審が認めた土地建物機械は除外して計算しても)

今若し第一審の誤謬(イ、ロ)訂正額一五、〇五八、三九一円と第二審において明らかにせられ誤謬(ハ、ニ)合計額五、八七六、五五一円を合計すると何と二〇、九三四、九四二円もの誤謬が倉原計算に存することになり、損益計算で裏付けたとする金額にも同額の損金の脱漏が存在することになるわけである。之をもつてして尚裏付けが概ねなされているとの所論は正に暴論と云う以外に言葉もない。

冒頭に論述した如く、苟も刑罰をもつてのぞむ逋脱犯の計算にかかる不正確な推計をもつて足るとするならば、人権問題之より甚しきはない。弁護人主張の損益計算が税法上課税技術として出来ぬから推計せられても致方なしとするも、本件では松葉計算において損益計算を作業せられていること明らかであり、その計算に二千九百万円以上の莫大な不正確が証明せられたならば少くとも推定計算は、第一、二審で認容せられた右反証によつてその限度において崩れ去るべきものであり、何処からみても本件推計や損益計算に正当性はないというべきである。

3 不正手段と犯則所得の関係

犯則所得を生じ得る場合は、第一、二審を通じ弁護人が之を明らかにした通り

A 収入金額を除外すること。

B 雑収人金額を除外すること。

C 架空仕入を計上すること。

D 架空経費を計上すること。

以外には真実の所得を非合法的に渡少せしめる方法が存在しないことは、正に税法上の犯則を考察する場合の定理である

(イ) ところで本件においては、等一、二審を通じて収入金額を公表簿外予金の合計額として把握したことは検察官、第一審、弁護人間に争がなかつたが(倉原、松葉計算における分析の前提となつている)第二審に至るや検察官控訴趣意において始めて之あるが如き主張がなされ(検察官控訴趣意書に対する弁護人の意見書二丁の裏以下)そして第二審判決によると、除外利益なる観念を勝手に想定し、起訴状にすらない「収入金額を除外」という憲法、刑事訴訟法の原則を忘れた説示を敢てするに至つた。(第二審判決二丁)然らばその除外金額が一体いくらあつたというのであろうか。之が証明が必要なること当然の理であるに拘らず、之は全然明らかにされていない。なる程証拠の一部に右単笥予金式のものがあるかのような供述はあるがその金額従つて犯則額の証明は何処にも見当らない。随分不思議のことである。

本件各申告の察収入金額を全部計上しないから不正手段であるかの如く判示せられるが税法上は、例えば真実の所得二〇万円の場合に於て

収入 一〇〇〇万円 経費 八〇万円

差引 二〇万円の所得

の計算による申告の場合に、調査の結果収入一二〇万円経費一〇〇万円差引二〇万円の所得であつた場合に所得が二〇万円で申告なされている限り税法上何等犯則所得逋脱の問題は生じ得ない。

第一、二審を通じ果して観念を誤つたように誤解を招き易いのは所得税法第二十六条に収入金額を記載することは確定申告に要求せられて居らず、その所得金額を偽わることが同法第六十九条の問題となる点である。

又確定申告に添付の書類に虚偽記載があり且之を呈示した場合には、当該罰条によつて処断されることはあるが之は本件とは別問題となる。

第二審判決において「虚偽脱漏の貸借対照表損益計算書を作成して収益を穏蔽した」と説示した点(この点被告人の義務ではない)は前述の通りであり、且之の方法が直に収益穏蔽の手段とはなり得ない。之が手段となり得るためには、所得金額が過少に計算申告されたという因果関係が必要である。

(ロ) 雑収入金額の除外

(ハ) 空架仕入を計上すること

(ロ)(ハ)については煙草小売人利益に関連し「専売公社からは卸値一般煙草店からリベートを得、景品買戻しによる場合は低い買戻し価格で夫々仕入れて居るに拘らず……」と判示して居り(第一審判決五丁)松葉計算では煙草仕入を架空仕入として扱いリベート買戻し差益は雑収入としては区分していない。

之等所謂架空仕入等は、前項収入金額除外の項で述べた通り直ちに不正手段とはなり得ないこと亦明らかな理である。即ち煙草の卸値と小売及価格の差額を犯則所得と認定するためには、架空に本件芦刈、渡辺両煙草小売人を名実ともに架装した場合でなければならない。

(ニ) 架空経費については控訴趣意書第五二、三頁に於て主張した通りである。

(ホ) その他第一、二審を通じ他人名義又は架空人名義の簿外普通預金、他人名義の土地建物取得、他人名義の株金の払込等を不正手段としてとりあげているが従述べた通りそのこと自体則本件脱税の不正手段であるかのように誤解して居る点は誠に遺憾である。

4 申告納税制度(所得税法第二十六条、同第三項、同法施行規則第二十三、四条、法人税法第十八条第一項)

第一、二審判示によると(第一審判決二四丁、第二審判決三丁)判決所論の如き経理をなさなければならない義務があるかのように申告納税制度を判断して居るが現行税法に定められた方法により申告する限りそこには申告納税制度の没却も崩壊もあり得ない。

ちなみに昭和三十七年四月二日法律第六六号により制定せられた国税通則法の立法経過を調査すれば、右のことは誠に明らかになる。即ち同法により国民に記帳義務を負担せしめようとする立法が成立するに至らなかつたもので、第一、二審判決のような経理義務を軽々しく論断するは最も不当である。

ここに昭和二十四年六月十三日大阪高裁第十刑事部判決は特に脱犯の成否につき透徹した理論により適確にその本質を明らかにした極めて重要な判例であると思われるので之を引用することにより結論に代える次第である。

第二、低価譲渡(所得税法第五条の二第二項、同施行規則第二条)に関する法令適用の誤り。

1 第一、二審は、大分ニコニコパチンコ店の買収価格を二八〇万円とし、時価を明らかにしないで時価より遙かに安価な代金と独断したのでその不当を争つた。昭和二十七年末当時

(イ) 大分第三ニコニコパチンコ店買収価格(国家初芽より買収)は宅地九四坪四勺建物八一坪四合が一、三〇〇、〇〇〇円(押検一二号)

(ロ) 別府第一会館買収価格(北新藤市より買収)は、宅地四五坪建物延五八坪が一、九〇〇、〇〇〇円(押検第一号)

であることは争がなく確定して居る事実である。そこで右価格と本項物件(宅地一二五坪七合建物九一坪)を対比してみて時価より遙かに低廉であるという結論が何処から出て来るであろうか。尚不動取得の数量及び価格の明細については、第一審において、検察官が弁護人の釈明要求にこたえられた際に提出の「不動産取得明細表その一、その二」に明らかであるから御参照願いたい。

即ち該法条に照して、二八〇万円を「著しく低い価格」と認定した上、更に押検第十号が明らかにパチンコ機械備品の売買契約であるに拘らず之を否認して権利金と認定する税法上並に訴訟法上の根拠は全くないというべきである。

よつて、本項物件の価格が時価であると確定することが出来る証拠がない以上該法条の適用を明らかに誤つている。

2 協栄産業勘定五〇〇万円について。

第一審判決五四、五丁控訴趣意書六頁で明らかな通り、赤銅御殿を被告人が買収した金額は一、七〇〇万円であり協栄産業(株)へ売却した代金が一、二〇〇万円であることは争がなかつた。

第二審判決では、右代金一、二〇〇万円を何等根拠なく内金として居るほか、この点に関し判断を示していない。内金であるから差額五〇〇万円の残債権が存在すると素朴に見て居り「該法条の適用をしたからではない」と説示して居る。(第二審判決一五、六丁)

しかし右法条を適用すれば一、七〇〇万円の二分の一、即ち八五〇万円以下の価格で譲渡したときのみ一、七〇〇万円の譲渡価格とみなされるべきであること控訴趣意で指摘した通り(控訴趣意七頁)である。この場合一、二〇〇万円で譲渡があつたことに争がないからこの五〇〇万円をその理由から債権と見做す税法上の根拠はどう考えても見当らない。云いかえれば之の五〇〇万は、税法上会計法学の通念上、損失とみなざるを得ない。

之の損は所得税法第九条八号の譲渡所得の計算上の損であるから所得税法第九条八号第九条の三第一項第二号乃至第四号の規定により損失控除の順位範囲が定められ従つて本件で云えば法九条第四号の事業所得より通算すべき損失であることが明らかである。(損益通算に関する規定)

右引用法条は同法附則(昭和二十八年八月七日法律第百七十三号所得税法の一部を改正する法律)第三項により本件事件年渡(昭和二十八年)に適用されるものを示した。(現行法はその主旨に於て変更はないが体裁がやや変つている)

なお押検一九六号の信憑性については、押検第二九、三三、三一号と照し、御覧願えれば自ら明らかである。

第三、山林所得に関する法令適用の誤り。(所得税法第九条)、(同条七号)

山林取得価格については、第一審においては争になつていなかつたが、第二審に到り、漸く仮還付を得た押収番号第二七号山林元帳を発見するに及び之を争うことになつたものである。(昭和三十七年三月七日付証拠調べ請求書中立証趣旨説明第四、第二審判決十一丁)

法第九条によれば所得の種類は、総所得金額、退職所得及び山林所得の三本立となつていること明らかであるから山林所得は山林所得として別に所得計算をなすべきこと当然である。このことは同条第七号によるも全く明らかである。

然るに、倉原計算においては木材部勘定が総所得勘定と混されて財産計算がなされているのは該法条の適用を誤つているのみならず財産増減法による推計に合理性のない顕著な例である。(昭和三十年二月十七日倉原守彦の検察官に対する第三回供述調書添付の所得税関係一覧表中、木材部勘定御参照)

該法条を正当に適用して山林所得の計算をなすには収入金額より昭和二十八年中に発生した取得費、管理費、伐採費その他必要な経費を控除しその残額から十五万円を控除した金額を山林所得金額とすべきである。

ちなみに木材部勘定については、第一審は弁護人の主張を容認している。(第一審判決五五丁並に別表第二参照)

第四、入場税未払金について(所得税法第十条二項、法人税法第九条第二項)

(1) 第一審では右未払金の存在を認める証拠がないという理由で弁護人の主張をしりぞけた(第一審判決六〇丁四のロ)ので、第二審に於いて漸く仮還付を得た押収品の中、及び取寄せにかかる残存入場税徴収簿により之を反証した結果さすが第二審も之を容認した。(第二審判決第十一丁)

ところが、第二審は右未払金の存在を認めた上個人入場税債務を恣意に法人の債務として引継ぐ方法論を展開したが之が法十条第二項に反することは言を俟つまでもない。

同条は、必要経費があつた場合には必ず控除せねばならぬ国の義務を規定し、従つて強行性をもつているに拘らず。

次に第二審判決は右陳の方法論に無理を感ぜられたか弁護人の所論に今度は一歩譲つて「首藤個人未払金を厳密に区分するとしても」と前提し、それを第一審判決に於ける土地建物の期末現在高の誤記差額の穴うめに利用するなどは、余りにも非法律的でこぢつけの論としか考えようがない。

この様な勝手な非法律的な方法論を前提として結局脱税数額に於いて大体変化がなけれその理由は何でもよい。又「さすれば判決に影響を及ぼさぬ」という所論を首肯し難いのはむしろ当然であろう。

(2) 次にみつわ商事(株)の未払入場税について。

之の点については第二審で昭和三十七年十二月十三日付、弁護人意見陳述書四枚目に詳論した通りであるので引用する。

なお法人税法第九条第二項によれば、入場税は損金に算入することを明らかにしている。

ところが法人税法基本通達六二によれば之を引当金に計上したときだけ損金に認めるとあり、該法条に「引当金の計上」という制限を設けた。

一体通達なるものは国家行政組織法第十四条第二項に根拠を有し所管の諸機関及び職員に対する訓令であり文字通り通達である。いわば国民を拘束するものでない。のみならず国がその所管事務執行のため一方的便宜に発するものにしか過ぎない。苟くも租税法律主義の原則から云つて法第九条第二項を制限するが如き本通達はその本来の効力にも甚しい疑問がある。

ここでも重要なことは問題は法人税を課する技術性にあるのではなく国民に刑罰をもつて望む犯則所得の計算上の当、不当に存在することであることを銘記すべきである。

第五、実質課税原則の解釈適用の誤り。(所得税法第三条の二)弁護人が第一審第二審を通じ、所得税法第三条の二につき争つているのに対し、第一、二審とも実質課税原則は、税法上の基本理論として存在したものを法文化して確認したと解し之をしりぞけて居る。

しかし犯則所得計算上の見地からすれば、同条に遡及効を認めてまで昭和二十七年分煙草小売所得を被告人のものとすることは誤りであると信ずる。少くとも被告人に之の点の犯意を阻却するとしないことが如何に酷であるかを考慮願いたい。(最高裁昭和三十年あ一九七六号昭和三十四年二月二十七日第二小法廷判決における小数意見は之の際御参照願いたい。)

第六、刑事訴訟法第二九九条と同法第三二一条との関係。

第一、二審が示した判断(第一審判決三一丁裏、第二審判決一九丁以下)によれば、結局そのような手続を採ることによつて被告人の防禦を回避する目的を達する結果を招来することを如何ともし難い。その理由は控訴趣意書(十五丁)において充分明らかにしたところであるから茲に引用する。更に御審理を得たい所以である。

第七、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号后段における特別の状況の存否。

第二審判決(二〇丁)によれば (1)理路整然としている。(2)被告人の使用人である点、(3)任意性の三点を判断せられたがそのうち(1)(3)については納得が参らない。理路整然としていない点は控訴趣意書二〇丁(イ)(ロ)において、架空仕入、売上脱漏、引継関係、申告、脱税と脱漏との関係、買戻利益、添付の表等を指摘し根本的に説明における観念の誤りや、こじつけを指摘したとおり、重要な事項につき理路整然どころが説明になつていない点が存することを看過せられたというの他はない。又任意性については当該供述を措信しないと専権をもつて退けられたのは兎に角として任意性の立証が重要な争点であるに拘らず検察官によつて全然なされていない(控訴趣意書二四丁)ことは寔に重大である。少くとも審理の不尽は言を俟つ迄もない。

昭和三十八年三月三十日

弁護人 斉藤孝知

最高裁判所(刑事)

御中

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